新規事業の KPI は、決め方を間違えると事業を壊します。既存事業の KPI をそのまま持ち込めば、まだ売れるはずのない段階で「未達」が続き、撤退の議論になる。逆に KPI を置かなければ、何が分かって何が分かっていないのかが誰にも見えなくなる。
私は新規事業の立ち上げ期の営業と、約50名規模の営業組織のマネジメントの両方で、数字の設計に関わってきました。この記事では、新規事業の KPI を設計するときに私が守っている原則と、フェーズごとに追う指標をどう変えるかを書きます。
原則 1:観測される事実だけを数字にする
最初の原則は、想像や希望ではなく、観測される事実にのみ基づいて数字を入れることです。
営業組織のフォーキャストで私が現場に徹底させたルールがこれで、新規事業の KPI でも同じです。「この顧客は来月決まりそう」は事実ではありません。「担当者が稟議を出したと言った」は事実です。「反応が良かった」は事実ではなく、「次回の打ち合わせ日程が決まった」は事実です。
新規事業では、まだ売上が立たないぶん、希望が数字に混ざりやすい。「見込み顧客 30 社」の中身が、名刺交換をした 30 社なのか、課題をヒアリングできた 30 社なのか、提案書を出した 30 社なのかで、事業の状態はまったく違います。KPI の定義に「何が観測されたら 1 と数えるか」を必ず書くこと。ここが曖昧な KPI は、経営会議で議論しても意味がありません。
- 何が観測されたら 1 と数えるか(担当者の発言、日程の確定、書面の受領など、確認できる事象)
- 誰が、いつ、どこに記録するか(記録が遅れると、数字が記憶ベースになる)
- 何は数えないか(「反応が良かった」「前向きだった」は数えない)
原則 2:定量的に測れることを、絶対条件にする
二つ目の原則は、定量的に測れることを絶対にすることです。
これは営業の新人トレーニングの立ち上がりを測るときも同じで、チームの成熟度に応じて指標は変えていましたが、「数字で測れる」ことだけは外しませんでした。新規事業でも、「顧客理解が深まった」「市場感が掴めた」といった定性的な進捗報告は、進んでいるようで何も進んでいないことがあります。
定性的にしか語れないことは、数字にできる形に変換します。「顧客理解が深まった」なら「ヒアリングした企業数」「発見した課題のうち、複数社で共通していたものの数」。「提案の精度が上がった」なら「提案から次回打ち合わせに進んだ率」。測れない進捗は、進捗として扱わない。厳しく聞こえますが、この線を守ることで、新規事業の議論が感想の交換から抜け出せます。
原則 3:フェーズで追う指標を切り替える
新規事業の KPI を一つに固定するのは無理があります。初期に受注数を追えば売れるはずのない段階で未達が続き、後期に学習指標だけを追えば売上が立たない。私は大きく三つのフェーズで指標を切り替えて考えています。
| フェーズ | 目的 | 主に追う指標 | 追わない指標 |
|---|---|---|---|
| 学習(最初の数社まで) | 誰に何が刺さるかを知る | ヒアリング数、発見した共通課題の数、提案→次回に進んだ率 | 受注数、受注率、売上 |
| 再現(〜10 社程度) | 勝ちパターンを見つける | セグメント別の商談化率、受注理由の説明可能性、提案作成の所要時間 | 全体の売上目標 |
| 拡大(型ができた後) | 仕組みで伸ばす | リード数、商談化率、受注率、単価、継続率、チャネル別の効率 | 個別案件の逸話 |
学習フェーズで受注を追わないのは、受注を追うと「聞くべきことを聞かずに押し込む」行動が出るからです。逆に拡大フェーズでは、個別の案件の逸話ではなく、チャネル別・セグメント別の効率を見ないと、どこに資源を寄せるべきかが判断できません。
経営陣との合意で大事なのは、「いまどのフェーズか」と「フェーズが切り替わる条件」を先に決めておくことです。学習フェーズなのに売上で評価されると、事業は必ず歪みます。
追って後悔した KPI はあるか
正直に書くと、私自身が「追って後悔した KPI」は、いまのところ思い当たりません。それは私の設計が優れていたからではなく、上の三つの原則、特に「観測される事実だけを数える」と「フェーズで切り替える」を守っていると、後悔するような KPI がそもそも設定されにくいからだと思っています。
後悔する KPI の典型は、「数字は達成したのに事業が良くなっていない」ものです。アポ数を追ったら商談化しないアポが増えた、リード数を追ったら質が落ちた、といった話です。これらは、観測される事実として定義されていない(アポの中身を問わない)か、フェーズに合っていない(学習期に量を追う)かのどちらかで起きます。原則で防げます。
KPI 設計の手順
- いまのフェーズを決める
学習・再現・拡大のどこにいるか。迷うなら、受注理由を説明できるかで判断する。説明できないなら、まだ学習か再現のフェーズです。
- フェーズの目的に合う指標を 3 つ以内で選ぶ
多いと追えません。3 つに絞り、それぞれの定義(何が観測されたら 1 か)を書く。
- 記録の方法と担当を決める
誰が、いつ、どこに入力するか。Salesforce などの管理ツールを使うなら、入力ルールを事実ベースに統一する。
- フェーズが切り替わる条件を、先に経営陣と合意する
「10 社受注し、受注理由が説明できたら拡大フェーズに移り、売上を追う」のように、切り替え条件を数字で決めておく。
- 週次で数字を見て、月次で指標そのものを見直す
数字は毎週見る。ただし指標の入れ替えは月次以上の単位で。頻繫に変えると、比較ができなくなります。
よくある質問
経営陣が初期から売上目標を求めてきたら、どうしますか?
売上目標を拒否するのではなく、「その売上に到達するために、いまの段階で観測すべき先行指標はこれです」と、フェーズの指標を売上への道筋として説明します。売上は結果指標なので、初期は先行指標で進捗を示すほうが、経営陣にとっても判断材料になります。
KPI が達成できない期間が続いたら、指標を変えるべきですか?
まず、指標の定義が事実ベースになっているかを確認します。次に、フェーズに合っているかを確認します。この二つに問題がなければ、指標を変えるのではなく、施策を変えるべきです。未達のたびに指標を変えると、何も学べなくなります。
まとめ
- 観測される事実だけを数字にする。「決まりそう」「反応が良い」は数えない
- 定量的に測れることを絶対条件にする。測れない進捗は進捗として扱わない
- 学習・再現・拡大のフェーズで指標を切り替え、切り替え条件を先に合意する
- 指標は 3 つ以内。定義・記録方法・担当を決める
KPI は事業を測る道具であって、事業を動かす目的ではありません。この順番を守ると、新規事業の数字は経営の議論に使える言葉になります。