ICP(Ideal Customer Profile、理想顧客像)という言葉は、BtoB マーケティングの記事で必ず出てきます。業界、従業員規模、売上規模、導入済みツール。項目を埋めれば ICP らしいものはできます。ただ、私が新規事業の法人開拓やパートナー開拓に関わってきて思うのは、机の上で埋めた ICP は、最初の商談で崩れるということです。
この記事では、私が ICP を決めるときに実際にやっている手順を書きます。要点は一つで、ICP は「決める」ものではなく、ヒアリングから仮説を立て、商談で検証しながら書き直していくものです。
ICP は仮説であって、正解ではない
前職の Flywheel Digital Japan で代理店パートナーシップを 0 から立ち上げたとき、候補企業をどう選んだかを聞かれることがあります。答えは、ユーザーからのヒアリングをもとにした、確固たる仮説です。
「この規模の代理店が、この課題を持っていて、この提案なら動くはずだ」。仮説と呼ぶと弱く聞こえるかもしれませんが、根拠のない当たりではありません。実際にサービスを使っているユーザーの話を聞き、その人たちがどんな環境にいて、何に困っていて、誰と一緒に仕事をしているかを把握したうえで立てた仮説です。この仮説があるから、候補企業のリストに優先順位がつき、最初の 1 社に問い合わせフォームから入り込んでも会話が成立しました。
- 商談の前に分かることは限られている。分かった時点で書き直す前提にしておくと、初期の外れを恐れずに動ける
- 「正解の ICP」を探し続けると、営業を始める時期が遅れる。仮説で始めて、数社の反応で精度を上げるほうが速い
- 仮説として言語化しておけば、外れたときに何が外れたのかが分かる。感覚で選んでいると、外れても学びが残らない
手順 1:既存ユーザーに聞く。いなければ、ユーザーになりそうな人に聞く
ICP の起点は、フレームワークではなくヒアリングです。
すでにサービスを使っている顧客がいるなら、その人たちに「なぜ使い始めたのか」「使う前は何に困っていたのか」「導入の判断を誰がしたのか」を聞きます。導入理由の中に、自分たちが想定していなかった価値が混ざっていることがよくあります。私は新規事業の 2 社目の顧客との会話で、提供側では思いつかなかった、消費者目線だからこそのニーズがあることに気づいた経験があります。ICP は、こうした発見を織り込んで初めて実態に近づきます。
まだ顧客がいない段階なら、「ユーザーになりそうな人」に、売り込みではなくヒアリングとして話を聞きます。この段階で聞くべきことは商品への評価ではなく、相手の業務と困りごとです。困りごとの持ち主が誰で、どんな環境にいるかが、ICP の輪郭になります。
手順 2:ICP を「誰が・どんな状況で・何に困っているか」で書く
ヒアリングを踏まえて ICP を書くとき、私は属性の羅列ではなく、次の三つで書きます。
- 誰が(役職と役割)
業界や規模よりも先に、社内のどの役職の人が、どの業務を担っているかを書く。同じ業界・規模でも、決裁者が経営層か現場責任者かで提案は変わります。
- どんな状況で(きっかけ)
その人がサービスを検討し始めるきっかけを書く。新規事業の立ち上げ、組織の拡大、コスト削減の指示、既存ツールの契約更新。きっかけが分かると、いつ・どこで接点を持つべきかが決まります。
- 何に困っているか(課題の言葉)
課題を、相手が使っている言葉で書く。自社の商品説明の言葉ではなく、ヒアリングで実際に出てきた表現をそのまま残す。この言葉が、提案書と広告文の元になります。
業界・規模・売上といった属性は、この三つの後に「フィルター」として足します。属性から始めると、どの会社にも当てはまる薄い ICP になります。
手順 3:最初の数社で検証し、セグメントごとに提案を変える
ICP を書いたら、それに合う相手に提案を持っていきます。ここで重要なのは、全員に同じ提案をしないことです。
同じ ICP の中にも、きっかけや課題の言葉が少し違うセグメントがあります。私は最初の数社に対しては、汎用の営業資料を使わず、相手ごとに提案書を作りました。理由は二つあります。一つは受注率のため、もう一つはセグメントごとの反応の差分を記録するためです。「この言い方はこの役職には刺さり、この役職には響かなかった」という記録が数社ぶんたまると、ICP の中にある複数のセグメントが見えてきます。
最初の数社に個別提案を作るのは非効率に見えますが、汎用資料を作って全員に外すほうが、時間もリードも失います。個別提案の差分から共通項を抜き出したものが、結果として最も強い汎用資料になります。
手順 4:ICP を書き直す
数社の商談を終えたら、ICP を書き直します。書き直すのは主に次の三点です。
- 役職:想定していた決裁者と、実際に動いてくれた人がずれていなかったか
- きっかけ:検討が始まる契機として、想定外のものが出てこなかったか
- 課題の言葉:ヒアリング時の言葉と、商談で実際に出てきた言葉に差がなかったか
この書き直しを最初の 10 社までに 2〜3 回やると、ICP は「仮説」から「再現できるターゲット像」に変わっていきます。ここまで来れば、営業資料も、広告の配信条件も、インサイドセールスのリストの条件も、この ICP から機械的に作れます。
よくある失敗
- 属性から ICP を書く。 業界と規模だけの ICP は、誰にでも当てはまり、誰にも刺さりません。
- ヒアリングで商品の評価を聞く。 「使いたいですか」と聞くと、相手は礼儀で「はい」と言います。聞くべきは相手の業務と困りごとです。
- 最初の ICP を正解だと思い込む。 外れたときに「ターゲットが悪い」ではなく「仮説が外れた」と考えられるかで、その後の速度が変わります。
- 一つの ICP に一つの提案で押し切る。 ICP の中にセグメントがあることを見落とすと、受注率が伸び止まります。
よくある質問
ICP は複数あってもよいですか?
初期は一つに絞ることを勧めます。複数を同時に追うと、提案も資料も薄まり、どれが当たったのか分からなくなります。一つの ICP で 10 社程度の商談を終え、セグメントの差分が見えてから、二つ目を検討するのが現実的です。
ICP に合わない相手からの問い合わせは断るべきですか?
初期は断らずに話を聞きます。ICP から外れた相手の反応は、ICP を書き直す材料になるからです。ただし受注を優先するかは別で、導入後の継続が見込めない相手を初期に抱えると、サポートに時間を取られて ICP に合う顧客への活動が止まります。
まとめ
- ICP は決めるものではなく、ヒアリングから立てる仮説。商談で検証し、書き直す
- 起点は既存ユーザーへのヒアリング。いなければ、ユーザーになりそうな人に業務と困りごとを聞く
- 書き方は「誰が・どんな状況で・何に困っているか」。属性は後からフィルターとして足す
- 最初の数社は相手ごとに提案を変え、反応の差分からセグメントを見つける
- 10 社までに 2〜3 回書き直せば、再現できるターゲット像になる
確固たる仮説を持って最初の 1 社に入り、反応で書き直す。ICP はこの往復の中で作られるものだと考えています。